2010年2月14日
ヤクザ映画のこと
社会の混乱から情報を欲しがった大衆が、週刊誌などのジャーナリズムにより嗜好を選択できるようになっていた70年代の映画界は、最盛期の10分の1まで観客動員は落ち込んでいた。1973年、「ヤクザ映画」の金字塔とも言うべき菅原文太の『仁義なき戦い』(笠原和夫脚本、深作欣二監督)シリーズが大ヒットすると、東映はやくざ同士の対立を"現実の事件に引き寄せ"た実録路線を興行の柱とした。
高い観客動員力があるにもかかわらず、ヤクザを美化しすぎていると非難され、社会的地位が低く、映画賞から全く無視され続けていたヤクザ映画だったが、実話を基に作られた『仁義なき戦い』は各界から絶賛され、映画作品賞を受賞、菅原文太も主演男優賞を受賞した。現在でも日本映画史上のトップ3に選ばれる傑作として若い世代にもよく知られ、主題曲もよくTVで流れる。共演した松方弘樹、梅宮辰夫、渡瀬恒彦、千葉真一、北大路欣也、金子信雄や室田日出男、川谷拓三、志賀勝ら「ピラニア軍団」も注目を浴びるようになった。後に八名信夫を中心とする「悪役商会」も有名になる。
この後、鶴田浩二、佐分利信、三船敏郎らが主演した『日本の首領』シリーズ等の大作志向を経て、80年代以降は岩下志麻、かたせ梨乃主演の『極道の妻(おんな)たち』シリーズなどが女性客を動員、ビデオなどのソフト販売のマーケット志向となった。
松竹・東宝
ホームドラマが得意の松竹はジリ貧だったが、渥美清がTVで演じたテキヤが主人公の『男はつらいよ』を1969年に映画化し、成功。ヤクザ臭をなくし松竹得意のほのぼのとした人情喜劇とし、1990年代まで続くロングシリーズとなった。
また、何をやっても当たらなくなっていた東宝は、1971年にヤクザ映画を作る(製作は傍系会社の東京映画)。東映の倍以上の予算をかけ、仲代達矢主演(脇には他社では主演級の安藤昇、丹波哲郎、江波杏子らを揃えた)の大作『出所祝い』を上映するが、同時期に東映が上映した高倉健の『昭和残侠伝 吼えろ唐獅子』の前に惨敗した。その後、東宝はヤクザ路線から撤退、『ゴジラ』シリーズを1975年まで製作したほか、『日本沈没』など、東宝が得意とする特撮路線に活路を見出しヒット作を重ねた。
日活・大映
深刻な客離れにあった日活は、石原裕次郎、渡哲也、小林旭、高橋英樹、野川由美子らを主演にしたヤクザ映画を量産したが、いずれも東映ヤクザ映画の人気には遠く及ばなかった。
大映は、江波杏子の『女賭博師』シリーズや勝新太郎の『座頭市』シリーズ、『悪名』シリーズがヒットしたが、『悪名』に出演していた田宮二郎が1968年に大映を離れ、翌年に『若親分』シリーズの市川雷蔵が病死した頃には、苦境に陥るようになっていった。
ヤクザ映画ブームの流れに乗り、延命のためヤクザ映画を市場へ供給した両社だったが、1971年に大映は倒産。日活も同年からロマンポルノ路線に転進し、石原裕次郎ら主力俳優は日活を離れていく。そんな中にも渡哲也の『大幹部』シリーズなどの隠れた傑作もあった。
『ウィキペディア(Wikipedia)』引用
母親がヤクザ映画大好きで、小さいころよく見てましたが...少々悪影響かと思います。
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